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馬場亜紀
狛犬さんにプレゼントを渡したやさしい子が想像できますね。小さくたしかな幸せ、今日もいただきました♪
長男はマンガしか読みません。夏休みに赤川次郎をすすめたら、それはおもしろく感じてくれたようですが、マンガにはかなわないようです。
鳥の鳴き声、調べてみますね!今サイトにとんだんですけど、すぐにはわからなかったので、じっくり時間をとって再チャレンジしてみまーす。
愛希穂
凛桜さん、
詩の通りですよね。
世の中は悲しいことや辛いこと、苦しいことがたくさんあります。
それでも、誰かが誰かのことを想ったり、祈ったりして、それは小さなものかもしれないけれど、でも、確かにそれが届いているんですよね。
それは届いた人には、幸せへの気づきとなっていくような。
聖書に「山上の垂訓」と呼ばれる箇所があります。
そこには「貧しい者は幸いです」「今泣いている者は幸いです」というような言葉があるんです。
とても逆説的に響く聖句ですが、貧しい人を、泣いている人を想い、祈る人がいるから、幸いだとも言えるんだって、凛桜さんの詩を読んで想いました。
とても素適な発見ができて嬉しいです。
凛桜*Rio
馬場亜紀さまへ
亜紀さん こんばんは。
いつもありがとうございます。
狛犬さんにプレゼントを渡したのは、子どもだと想像されたんですね(*^^*)
私は、おばあちゃんかなぁ、って想像していました。
なんだかとっても嬉しいです♪
長男くん、マンガが好きなんですね。
いいですね~!
娘が小学4年の時、担任の先生が、
「活字に触れることが大事!マンガもよし!」って仰っていたことを思い出しました。
鳥の鳴き声は、もし分かったらで大丈夫です。
どんな鳥なのでしょうね(*^^*)
凛桜*Rio
愛希穂さまへ
愛希穂さん こんばんは。
いつもありがとうございます。
そうですね。
想いは届くと思います。
そして、愛希穂さんが書いてくださったように、
「届いた人には、幸せへの気づきとなっていく」と思いましたし、
そうなったらいいなとも思いました。
また、
誰かの幸せを祈る人
誰かに幸せを祈ってもらえる人
どちらも幸せなんだな、って、
愛希穂さんのコメントを読ませていただいて、感じました。
聖書の「山上の垂訓」。
教えてくださり、ありがとうございます。
「貧しい者は幸いです」
「今泣いている者は幸いです」
イエス様のどんな思いが込められているのか知りたくなり、
いろいろ調べてみました。
その中で私が考えたことを書いてみます。
もしも、愛希穂さんの考えがありましたら、教えてくださいね。
3日に投稿した『風』に、
バーソさんが寄せてくださったコメントに差し上げた返信でも触れました。
(タイミングがちょうど重なりました。不思議です。)
私は、「私」だと意識している自分は、神様の一部分であり、神様がやりたいことを「私」が経験しているのだということ、そして、常に見守られている存在だと思っています。
ですので、どんなことがあっても大丈夫だから、安心して流れに身を委ねて生きていいし、神様が与えてくださった課題を、淡々とこなしていけばいい、と思っています。
そんな思いを込めて、「風」を作りました。
私は、キリスト教は幼稚園で触れた時以来なので、真意はよく分かりません。
もし、失礼な言葉がありましたら、ごめんなさい。
「貧しい者は幸いです」「今泣いている者は幸いです」という言葉は、
もしかしたら、イエス様が、
神様がいつでもそばにいらっしゃるということ、私たちは神様の子どもなんだから、幸せなんだよ、と
仰っているのかな、と思いました。
そして、それだけでなく、
愛希穂さんが想われた「祈る人がいるから、幸いだとも言える」ということも含まれているのかな、と思いました。
なんだか今日は長文になってしまいました。
お時間をいただき、すみません。